01 フォトグラファー 中川正子さん

myママライフ

01 フォトグラファー 中川正子さん

雑誌・広告等で活躍中のフォトグラファー 中川正子さんは、
実生活では、3歳の男の子 彩源(さいげん)くんのママ。
Neem Treeの前身であるママ雑誌『Neem』に何度もご出演いただいたの
が縁で、仲良くしていただいています。
建築家であるご主人、弥田俊男さんの仕事の関係でご自宅は岡山に
ありますが、正子さんの仕事は東京が中心。月の半分は彩源くんを
連れ東京へ赴きます。そんな多忙を極めるご夫婦だけに、家族3人
で過ごせるのは1ヶ月に10日前後だそう。
強靭な精神力を持っていないと続けるのが難しそうな“二拠点生活”を
“スーパーポジティブ”に送る正子さんに、ママライフのこと、
日々を楽しく過ごすために正子さんが実践していることなどをお聞きしました。
雑誌では掲載しきれない、1時間のロングインタビューをお楽しみください。

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雑誌・広告等で活躍中のフォトグラファー 中川正子さんは、
実生活では、3歳の男の子 彩源(さいげん)くんのママ。
Neem Treeの前身であるママ雑誌『Neem』に何度もご出演いただいたの
が縁で、仲良くしていただいています。
建築家であるご主人、弥田俊男さんの仕事の関係でご自宅は岡山に
ありますが、正子さんの仕事は東京が中心。月の半分は彩源くんを
連れ東京へ赴きます。そんな多忙を極めるご夫婦だけに、家族3人
で過ごせるのは1ヶ月に10日前後だそう。
強靭な精神力を持っていないと続けるのが難しそうな“二拠点生活”を
“スーパーポジティブ”に送る正子さんに、ママライフのこと、
日々を楽しく過ごすために正子さんが実践していることなどをお聞きしました。
雑誌では掲載しきれない、1時間のロングインタビューをお楽しみください。

夢中でハードルを越えていたら
どんどん新しい自分になっていた

中川正子様—先日はサイちゃん(彩源くんの愛称)の3歳のお誕生日、おめでとうございます。

ありがとう!誕生日が節目になっていくじゃない、親としても。
最初の1歳の誕生日は震災の直後。(東京から)岡山に移住したばかりで、
全然気に入ってない部屋で段ボールをちゃぶ台にして…みたいな状態だったの。
初めての誕生日だからちゃんとお祝いしてあげたかったのに友達もまだいないし、
段ボールに布を掛けただけで、ケーキも買いに行けなかったの。だから本当に悲しくて。
で、2年目の2歳の誕生日はね、向こうでできた友達みんながサプライズで、
マクロビのすっごくおいしいケーキを作ってくれたの。
当時サイが好きだったショベルカーのプレートに「さいげんくん2歳」なんて書いてくれて。
サプライズだったから、私嬉しすぎて泣いちゃって。
1年間でこんなにも友達ができたり、サイも好きなものができたりして、1年てすごいなーなんて思って。
で、3歳は実家でお祝い。(4月)3日の誕生日の翌日が入園式だったんだけど、実家近くの保育園に入園したのね。
もう、どんどんステップが変わっていくなあっていうのを誕生日のたびに意識するっていう感じで。
この1年間が濃すぎて、さらにこの3年間が本当にすごすぎて。
誕生日って子どものためにお祝いしてあげるだけじゃなくて、
自分自身が改めて色々なことを確認する機会になるっていうのをしみじみと感じたなあ。

—「この3年がすごすぎる」っていう言葉が、本当にその通りで。
震災が起きて、岡山に移住して、写真集『新世界』を出して、写真展をして…。
今ちょっと振り返ってみて、感情やライフスタイルのいちばん大きな変化って、何でしたか。

変化っていうのを自分でまとめるのがすごく難しいんだけど…っていうのが、本当に目の前の、10cmとか50cmのことにいつも集中してやっているから。
なんか、過去のことをこういう機会をいただいて振り返ると、自分がしてきたことと思えないっていうのがすごくあって。
もう写真集なんかも、当時は新しい世界が来たっていうことを直感していたから『新世界』っていうタイトルをつけたけれど…
あ、『新世界』の「新」が取れた話はしたっけ?
あのね、(写真展が)福岡に巡回したときにね、今度会える機会があったらいいと思うけど、亀山ののこちゃんって知ってる?

—『100人の母たち』の。

そうそう、彼女が来てくれて。写真集をあらかじめ買っていてくれて、「サインして」って言うから「もちろん、もちろん」なんて言いながら。
で、彼女が「ちょっとクレームがあって」って笑いながら写真集を見せてくれたら、(タイトルの)『新世界』の「新」の部分のプリントが取れていたの。
そんなすぐに取れるような仕様でもないんだけど、「世界」になっていて。
「あっ、ごめん!取り替えるわ」って言ったら「これで気に入っているからいいよ」って言ってくれてね。
実際に、ののこちゃんと会ったときは東京で2週間展示をした後に岡山を巡回して、
その後の福岡だったんだけど、私もね、そのときには既に新しい感じがしなくなっていたのね。
写真集を出してまだそんなに時間は経っていなかったんだけど、もう既にそうなっていて。
で、なんでかなーってののこちゃんとのやりとりの中で考えていたときに、「これが今当たり前の世界」に自分の中で定着していたから、
「新」が取れて、「世界」になっているんだなーって思ったの。もう「新世界」ではないんだって。
ののこちゃんにそのことを話したら、彼女もそういう話がすぐわかる方だから、「そうだねー」って。で、「世界でいこう」ってなったのね。
それが、写真集を出した4ヶ月後のことだったんだけど、今、そこからさらに1年半くらい経っていて、本当に、もはや新世界ではなくて。
かつてのことを本当に遠くに思えるし、新世界と思っていたときの価値観は、さらに前に進んでいるような感じがするかなあ。

—『新世界』を出してたった4ヶ月で、正子さんの中では「新」世界ではなくなっていったなんて…新しくなっていくスピードが、早すぎます!

そう。だから具体的に振り返るのはちょっと難しいんだけど、どうやってここまできたかっていうと…みなさんそうだと思うんだけど、
1個1個、課題とかハードルとかって毎日あるでしょ。ちっちゃいハードルもあれば、大きく決断することもある。
そういう、小さかったり大きかったりするハードルとか、プロジェクトとか呼び方は何でもいいんだけど。
それを、そのときの最大限の力で半泣きしながら乗り越えたりしているうちに、すごい遠くに来ていたなあっていうのが実感かな。
距離的にもそうだし、意識とか、ステージみたいなものも。本当にすご〜く、遠くまで来ていたって感じがします。